Jazz Diary 杉田宏樹のジャズダイリー

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北欧のユニークなバンドが来日

2009年10月02日

 渋谷Duo Music Exchangeに足を運ぶのはいつ以来だろうか。今夜の出演グループはフィンランドからやって来たアラマーイルマン・ヴァサラット。「地下社会のハンマー」を意味する6人組で、サックス+トロンボーン+キーボード+2チェロ+ドラムスという異色の編成だ。怪しげで濃い風貌のスタクラがソプラノ・サックスをメインに吹きながら、大型サックスのチューバックスも操り、トロンボーンとの2管でステージ上を所狭しと暴れ回る。ベースは不在だが、チェロが電化されているため、それを感じさせない。ジャズ的即興性とロック的音圧が合体し、視覚的パフォーマンスも盛り込んだのが彼らの音楽性であることが次第に明らかになった。部分的には渋さ知らズを想起させるバンド・サウンドが認められたのも興味深い。会場は立ち見客も多い盛況だったのだが、客層がジャズ・ファンではないのは見逃せなかった。ジャンルで割り切れない音楽ファンが増えている一例なのだろう。
オープニング・アクトを務めたアイヴォール・ポルスドッティルも特筆したい。北欧フェロー諸島出身のヴォーカリスト。母国の民謡を歌い込んでいるだけあって、抜群の歌唱力を身につけている。ギターやパーカッションを演奏しながらのパフォーマンスは、26歳の若さと美貌がさらに魅力を増しており、スター性も十分と聴いた。思いがけなく要注目のアーティストを発見できたのも、今夜の収穫となった。

カリスマ・ギタリストが丸の内に登場

2009年10月08日

 パット・マルティーノ・カルテット@Cotton Club。近年はオルガン入りのトリオで活動し、来日公演も重ねているマルティーノが、今回は人気テナー奏者エリック・アレキサンダーを帯同して、ステージに立った。エリックはマルティーノの98年作『ストーン・ブルー』で初共演した間柄。その後の10年間でエリックは飛躍的にステージ・アップしており、それゆえに贅沢感の漂うクラブ・ライヴとなった。1音1音を明確に刻みながら流れを生み出すギター・プレイは、マルティーノならではのもの。「アップタウン・ダウン」などテーマをギター&テナーのユニゾンで奏でるオリジナル曲が多く、エリックとの良好な協調関係を聴かせてくれた。終盤に進むと、エリック抜きのバラード「ラウンド・ミッドナイト」や、ミディアム・テンポの「アローン・トゥゲザー」といったスタンダード・ナンバーも飛び出し、ステージと客席の距離がさらに縮まった。アンコールでウエス・モンゴメリー曲「フォー・オン・シックス」が始まると、一瞬のうちに「待ってました!」の雰囲気に。たっぷり1時間半のパフォーマンスを堪能した。

米国の名ピアニストが横浜を再訪

2009年10月09日

 今年65歳を迎えるビル・メイズは、ニューヨークを拠点に活動する白人ピアニスト。ピアノ好きの間では、その確かな実力が認知されている。今夜は横浜・桜木町の「Five Stars Records」にトリオで出演した。同名のレコード・レーベルも運営するFive?からは、メイズ参加のマティアス・スヴェンソン作が今春リリースされており、ライヴとレコーディングの両面で関係を築いている。同店は1Fに店舗を構えているが、同じビルの4Fでもライヴを開催することがあって、今夜は4Fでのステージとなった。初めて訪れた同店は、入り口で靴を脱いで入場するスタイルで、まさに住居をライヴ・スペースに変えたもの。ホーム・コンサートの趣は、ビル・エヴァンスが晩年にドイツで行った、誕生日前日のプライヴェート・ライヴを想起させた。今夜の演奏はレコーディングを兼ねたもので、スタンダード・ナンバーを中心とした2セットのプログラムとなった。ドラムスのジョー・ラバーベラは前述のスヴェンソン盤でメイズと共演していて、今夜も良好なコンビネーションで共鳴。ベーシストを務めた川村竜はまだ20代の若手ながら、確かな実力の持ち主で、バール・フィリップスから譲り受けたというウッド・ベースが円やかな音色を響かせた。メイズは「ゲット・アウト・オブ・タウン」でヴォーカルも披露。インティメイトな空間で味わうライヴは、この上なく贅沢だった。終演後にラバーベラと談笑。ビル・エヴァンスのラスト・トリオで活躍したドラマーとの初対面に、感慨もひとしおであった。

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ブラジルから六本木に届いた心地よい風

2009年10月10日

 イリアーヌ・イリアス・トリオ@ビルボードライヴ東京。昨年11月、「富士通コンコード・ジャズ・フェスティヴァル」に出演して以来、約1年ぶりの来日公演だ。前回は母国の若手ギター&ドラムスを含むカルテットだったが、今回は共演歴が長いマーク・ジョンソン(b)+ピーター・アースキン(ds)とのトリオ。ジョンソンとはプライベートでもパートナーであり、トリオの一角を担っているのはイリアーヌにとって心強いはずだ。近年のレコーディング活動は、ブラジル音楽のルーツを改めて表明する部分と、ビル・エヴァンスから影響を受けたジャズ・ピアニストとしての側面を、2つの大きな柱にしている。今夜のステージもその両面が発揮されて、イリアーヌの今を体感することができた。ジャズ・サイドで興味深かったのが「ワルツ・フォー・デビイ」。エヴァンスの名曲をラスト・エヴァンス・トリオのジョンソンと共にイリアーヌが演奏することは、エヴァンスに影響された多くのピアニストにとっては羨まし過ぎる状況だ。ここでは中間部をファンキーに展開しながら、エンディングではオリジナル・ヴァージョンを踏まえて、自分らしさを表現。「あなたと夜と音楽と」では、部分的にエヴァンス・ヴァージョンをアレンジしたような演奏で、マニアックな楽しみも表現してくれた。「偽りのバイーア女」ではピアノから離れてマイクを持ち、ヴォーカリストとしての魅力をアピール。スタンダード・ナンバーの「タンジェリン」がボサノヴァの素材に相応しいことを発見したイリアーヌに拍手を送りたい。アンコールでは「イパネマの娘」「ソ・ダンソ・サンバ」のジョビン2連発で、ボサ誕生の直前にブラジルで生まれ育った出自を反映する、得難い個性を輝かせた。終演後、バックステージを訪ね、来日直前にメールのやり取りをしたジョンソンと談笑。イリアーヌの温かい人柄にも触れたのだった。

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ベルリンを拠点にするユニークなトリオ

2009年10月11日

 ドイツ文化センター所長ウーヴェ・シュメルター氏のお招きを受けて、五反田のご自宅でのブランチに参加。同センターが来日公演を協賛した関係で、ベルリンを拠点に活動するユニット=ジョニー・ラ・マラマを交えた会となった。約10名の会は多くが初対面の方々で、良い出会いの場の雰囲気。以前ホテルのシェフを務めていたというシュメルター氏がふるまってくれたお料理に舌鼓を打ちながら、様々な文化的話題を交わした3時間であった。
 一旦帰宅して、夜に新宿「ピットイン」へ。ジョニー・ラ・マラマ公演の2日目を観る。フィンランド出身のギター+アメリカ出身のベース+ドイツ出身のドラムスという多国籍トリオ。しかし彼らはジャズのギター・トリオとはかなり音楽性が異なる。フリー・ジャズ、ロック、メタル、ドラムンベースを吸収したサウンドは、聴き手の予想を裏切りながら、ジャンルレスな音楽空間を醸し出す。勝手気ままに展開しているように見えて、テンポ・チェンジを含めて実は緻密に計算されたもののようだ。事前に彼らの音楽を聴かずにステージに接したのだが、終演後にメンバーから受け取った最新作『Bicycle Revolution』を聴いて、その感を強くした。来年はさらに大きなステージで再来日してくれるかもしれない。

ビッグ・バンド秋の定期公演

2009年10月12日

 角田健一ビッグ・バンドの定期公演を「紀尾井ホール」で観る。同バンドにとってそうであるように、ぼくにとっても彼らのステージを観ることがこの季節の定例となっている。今回のテーマは「プレイズ・ジャズ・スタンダード」。90年に立ち上がったこのBBは、今年で結成19年を迎えた。BBを継続することは経済的な面でも容易ではなく、その点だけでも角田BBの運営は賞賛できる。近年は学生の間での管楽器とBB人気の高まりが、角田BBの活動の追い風となったことは間違いない。カウント・ベイシー楽団の十八番曲「ジャンピング・アット・ザ・ウッドサイド」を皮切りに、デューク・エリントンやベニー・グッドマン等の代表曲を、新たなアレンジでカヴァー。BBの常としてソロイストをフィーチャーする中で、メンバーのキャラクターにもスポットを当てて、ステージと客席の距離を縮める。リーダー角田による終盤のメンバー紹介は、そのハイライトとなった。この頃BBによるカヴァーが散見される中で、角田BBのチック・コリア曲「スペイン」は彼らのコンテンポラリーな実力をアピールする出色の1曲であった。

ボストン在住のヴェテラン・ピアニスト

2009年10月14日

 バート・シーガーのアルバムを聴いて親しんでいるファンは、かなりのジャズ・ピアノ・マニアだと言っていいかもしれない。来日公演が10度以上を数えるということでは知名度が広がっているはずだが、今だに知る人ぞ知る域のピアニスト。今夜は渋谷「JZ Brat」で日本人ミュージシャン2人とのトリオを観た。ファースト・セットは「ユー・ステップト・アウト・オブ・ア・ドリーム」「ハウ・アバウト・ユー」等のスタンダード・ナンバーを織り交ぜたプログラムで、観客との親近感を図った。シーガーの演奏には確かにビル・エヴァンス譲りのフレーズが認められたが、全体としてはエヴァンス派とまでは言えない複合的な影響関係があり、そのあたりにシーガーの独自性がうかがえる。セカンド・セットでは自作曲を主体としたプログラムで、オリジナリティをアピール。レコーディングでも共演歴を重ねている池長一美(ds)が、複雑なリズム構成の楽曲にも対応して、シーガーの世界を観客に伝える原動力を演じた。来日前にメールでやり取りをしたシーガーと、終演後に談笑。真面目な人柄に触れたのだった。

人気フュージョン・バンドが丸の内に初登場

2009年10月15日

 ギタリストのラス・フリーマンがリーダーを務めるリッピントンズを、丸の内「コットンクラブ」で観る。1985年に結成されたバンドは、これまでGRP?Windham Hill?Peakとメジャー・レーベルを歩いてきており、独自のポジションを築いてきた。20周年を迎えた4年前には個人活動でキャリアを高めたサックスのジェフ・カシワが復帰し、バンドはパワー・アップ。今回はカシワを含む5人編成でのステージとなった。サクサクとスムーズな進行がサウンド共々心地よい。アコースティックとエレクトリックを持ち替えるフリーマンのギター・プレイが、バンドを牽引する。カシワのサックス&EWIも聴きもので、リーダー作からのナンバーは、改めてフュージョン界のトップ・プレイヤーであることを納得させた。大型セットのデイヴ・カラソニーのドラムスが、リッピントンズのボトムを支えていることも、新鮮な発見であった。腕利きメンバーによるサウンドを堪能。

神保町でのトーク・イヴェント

2009年10月16日

 ノルウェー大使館からトーク・イヴェントの依頼を受けた。現在、神保町の喫茶店「喫茶去」で開催されている「n.c.cafe」は、店内でノルウェーのジャズを常時流して、親しんでもらおうとの企画。期間限定でノルウェ?・ジャズ喫茶を運営しているわけである。北欧のカフェとしては「フィンランド・カフェ」の実績があり、個人的にはこのような企画は待望だった。同店でぼくが最新の同国のジャズ情報とその魅力を伝えることが、イヴェントの趣旨。このようなシチュエーションでのイヴェントは過去に何度も経験があるが、今回はジャズ関係者よりも大使館つながりのクラシック関係者やジャズ・ビギナーが参加するとの情報を得ていたので、選曲に配慮した。昨年と今年に現地を取材したNutshellでの報告と、最新のアルバムをプレイ。平日の日中だったにもかかわらず、日本・ノルウェー音楽家協会の方々も参加されるなど、自分にとっても有意義な会となった。

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スウェーデンの貴公子が新作の世界を披露

2009年10月19日

 日本のレコード会社の制作によるリーダー作も多数リリースしているスウェディッシュ・ピアニスト=ヤン・ラングレンが、丸の内「Cotton Club」に初登場した。早いものでアルバム・デビュ?から15年になるラングレンは、自身40代を迎えたタイミングでドイツACTへ移籍。今年、同レーベルからの個人名義では第1弾となる『ヨーロピアン・スタンダーズ』をリリースしており、レコーディング・メンバーによる今夜は新作の世界を披露するステージとなった。ラングレンは母国の古謡などをカヴァーした『スウェディッシュ・スタンダーズ』というコンセプト作に取り組んだ実績があり、最新作はその拡大版だと見ることもできる。過去にも他のミュージシャンによる例