Jazz Diary 杉田宏樹のジャズダイアリー

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2009年06月アーカイブ

2009年06月26日

カナダへ出発?バンクーバー初日

 昨年ノルウェーのジャズ・フェスティヴァルで知り合ったカナダのプロデューサーから、「バンクーバー・国際ジャズ・フェスティヴァル」(VIJF)への招待が届いた。先月ノルウェーのNattjazzの取材に行ってきたばかりのタイミングで、再び海外出張となったわけである。6月26日から7月5日まですべての会期に参加が可能だったのだが、それほど長い間、日本を留守にするわけにもいかず、プログラムを吟味して初日から6月30日までの5日間に決めた。成田からバンクーバーまでは直行便で8時間半の旅。必ず乗り換えが入る北欧に比べると、かなり楽なフライトだった。空港で関係者にピックアップされ、フェスティヴァル・オフィスへ。先月Nattjazzで知り合ったスタッフのレインボー、メディア・ディレクターのジョンに挨拶。その後ホテルにチェックインし、一段落したところで午後のコンサート会場であるパフォーマンス・ワークスへ向かった。バンクーバー中心部から橋を渡ったところに位置するグランビル・アイランドは、観光客が集まるおしゃれなスポット。その一角にある建物は外の芝生からもステージが見られるような、開放感のある雰囲気だ。「ギャラクシー・シリーズ」と題した2時間のパフォーマンスは、フリー系の6組によるソロ&デュオだった。マッツ・グスタフソン(ts,ss,bs,electronics)&クリスチャン・ムンデ(g)は共演歴が長いだけに、無音による息の合った熱演という矛盾するような表現が相応しいデュオ。ホーコン・コーンスタ(ts)は先月のNattjazzでも観ているが、今日のソロはその時と同様、電気的処理でループを作りながら重層的なサウンドを即興的に構築するものだった。新鮮だったのはクラリネットのマウスピースとフルートをつなげたプレイ。時にバスクラ的なサウンドがヴィジュアル面を含めて、面白い効果をあげていた。
 夜の部はフェスティヴァル・エリアの北端にあるアイアンワークスでのブラッド・ターナー4から。バンクーバー在住のトランペッターで、アメリカのメジャー系との共演歴も豊富な、カナダを代表する実力者だ。60年代マイルス・デイヴィス5をベースにしたサウンド・コンセプトに、音楽とシリアスに取り組むメンバーの姿勢を感じた。スケジュールの関係で1曲だけで会場を後にし、次へ移動。デヴィッド・サンボーン5@センター・イン・バンクーバー・フォー・パフォーミング・アート。主催者からの挨拶で20数年前のVIJF初期にサンボーンが出演した旨が告げられると、客席は早くも興奮状態だ。「ソウル・セレナーデ」「マプート」「ブラザー・レイ」などお馴染みのナンバーを披露。彼らは日本でも観ているので音楽的な発見はほとんどなかったのだが、MCのサンボーンが饒舌で驚かされた。アンコールに応えて登場すると、「次の曲はマイケル・センベロが作曲した」と切り出して、初めてその曲を聴かされた時のエピソードをジョ?クを交えて話し始める。観客は大笑い。このような光景は日本ではかつてなかった。ラストの定番曲「ザ・ドリーム」はそんな面白い逸話があったとは思えない、何度聴いても心に染み入るバラードだ。「夢を無くした時から、人は老い始める」との格言を思い出し、サンボーンに勇気をもらった。今夜最後のステージは、再びアイアンワークスに戻ってホーヴァル・ヴィーク3+フランソワ・ハウレ。ノルウェーの若手トリオとカナダのクラリネット奏者とのユニット。今回が初共演ということで、これはフェスティヴァルならではの顔合わせ。そしてこの企画が吉と出るのには1曲目だけで十分だった。両者の持ち味が好ましく融合し、繊細かつダイナミックな音場を現出。ハウレは時に2本のクラリネットを構えて、ダイナミックに音圧を加える。起承転結のある曲展開と、スリリングなインプロヴィゼーション、息の合ったプレイが見事であった。

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2009年06月27日

カナダでも大人気の邦人ピアニスト

 VIJF2日目。プログラムをチェックすると、本JFはフリー・コンサートが非常に充実していることがわかる。今日は日中、事務局オススメの野外ライヴに出かけた。会場のギャスタウンはバンクーバー発祥の地で、現在は観光名所となっている。メインストリートの一角にステージが設置され、人々は石畳の道に座るか立ったままで鑑賞するスタイル。小型の折り畳み椅子を持参する人が結構いたあたりは、リピーターが多い証拠だろう。街のシンボルである蒸気時計に程近いサン・ステージのトップ・バッターはジャン=ピエール・ザネラ(as,ss)。ケベックを拠点に活動する中堅だ。2番目に登場したBrandi Disterheftは若手女性ベーシスト。デビュー作が2008年ジュノ・アワード最優秀アルバムに輝いており、カナダで現在注目株の1人である。トランペット&テナーを含むクインテットのリーダーとして、バンドをぐいぐいと牽引する力強い演奏が頼もしく映った。ゲストに女性ヴォーカリストが加わって華やいだ雰囲気に。事前にCDを聴いていない状態だったが、ヴォーカルもこなす才能を含めて、エスペランサ・スポルディングに続く人材に成長するかどうか、ウォッチしていきたい。終演後HMVに立ち寄って、店内をチェック。内装、ディスプレイ、値引きキャンペーンのすべてが東京のHMVとほとんど同じ雰囲気だ。世界的に統一されたマニュアルがあるのかもしれない。
 1度ホテルへ戻り、改めて夜の部が行われるPerformance Worksへ。上原ひろみを海外で観る機会が得られたのも、今回の大きな楽しみであった。ソニックブルームのパフォーマンスはカナダのファンに、どのような形で受け入れられるのだろうか。約500席というのは、現在の彼女のアーティスト・パワーを考えると、日本ではあり得ない小規模会場。それだけでも贅沢な空間だ。「朝日のようにさわやかに」で始まったプログラムは、昨年末の東京国際フォーラムA公演とほぼ同じ。しかし異なるのは上原のMCが英語で、しかしも慣れた調子だったことだ。当たり前の話だが、音楽活動の時間としては日本よりも多くを過ごす海外で、彼女は立派にやっている。何だか親心のようなものを感じてしまった。圧巻だったのはセカンド・セットの中盤。他のメンバーが下がると、オスカー・ピーターソンとのエピソードを披露し、ソロで「アイ・ガット・リズム」をプレイ。様々な角度から原メロディに変化をつけると、観客からはやんやの歓声が上がる。会場に集った老若男女のほとんどが知っているこの曲を、自由な発想で演奏する姿に誰もが驚き、感動していた。ぼくはその様子を同じ場所で体験して、別な意味を含めて感動したのであった。メンバーが戻ってからの「キャラヴァン」も強力。本編が終わると、アンコールを求めて観客は総立ちに。疲れを知らないかのように鍵盤に向かう上原ひろみ。観客の興奮度で言えば日本と同じ、あるいかそれ以上かもしれない。終わってみれば、休憩を入れて2時間40分の長丁場だった。終演後にバックステージを訪れ、上原さんと談笑。新加入のドラマーMauricio Zottarelliは前任者マーティン・バリホラのスタイルと重なる実力者で、バンドに違和感なく溶け込んでいた。

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2009年06月28日

カナディアン・アーティストとオールスターズ

 VIJF3日目。今日も昼間はギャスタウンでのフリー・コンサートからスタート。会場のウォーター通りは東西500mほどの舗道で、通り沿いには土産物店やレストランが軒を連ねる。フェスティヴァル期間はエリアの両端にステージを設置し、その間を露天やグッズ販売のテントが並び、大道芸人が人々を楽しませる。昼の部最初のアクトはサン・ステージでのヤニック・リュー。ケベックを拠点に活動するテナー&ソプラノ奏者だ。ギター、エレクトリックベース、ドラムスとのカルテット“スペクトラム”の演奏は、過去のいくつかの著名バンドを想起させるものだった。リーダーがサックスでピアノレス/ギター入りからのマイク・スターン=ボブ・バーグ、エレベが活躍する点でのウエザー・リポート、ギタリストのフルアコ使用による初期パット・メセニー・グループ。たぶんここに集った大半の観客は、そんなことを意識していない。それが生活に密着したジャズ・フェスの姿なのだと思う。次に登場したのはルイ・マリオ・オチョア(g,vo)のラテン・プロジェクト。その後、場所を移動して、通りの東端に設置されたメープル・ツリー・スクエアでデリリウムを観る。ミッコ・イナネン(as)とキャスパー・トランバーグ(tp)が中心のカルテットは、フィンランドとデンマークの合体ユニット。クールでシャープなアルトと、ドライ&エネルギッシュなトランペットのホーンズが、カナダ西海岸の野外ステージで共鳴する興趣を体感した。2曲を聴いたところで慌ただしく次へ移動。メロディ・ディアチュン@CBCラジオ・カナダ。ラジオ局の番組収録を兼ねたスタジオ・ライヴだった。このシンガーは以前CDを聴いていたのだが、さほど強い印象を抱いていなかった。今日は生で聴いたらどうか、という期待感で足を運んだ。ジョニ・ミッチェル、レディオヘッドといったポップ・ナンバーも取り入れたプログラムは、スタンダード中心のシンガーとは一線を画している姿勢の表れ。サックスに輸入盤市場で注目されるコーリー・ウエルスが参加。ガッツプロダクションから届いていたCDが、カナダの最新情報と重なることを改めて実感した。
 19:30からは一昨日のデヴィッド・サンボーンと同じザ・センターで。オープニング・アクトは現在のカナダ・ジャズ・シーン若手の最注目株というオクトーバー・トリオ+ブラッド・ターナー(tp,flh)。ターナーはトリオの最新作のプロデューサーを務めており、両者を含めて今回のフェスにおけるカナダ・サイドの超オススメであることは、事前に知っていた。終始クールでシリアスな約50分間のステージは、観客の静かで熱い拍手を呼び起こした。メイン・アクトのモンタレー・カルテットは最年長のデイヴ・ホランド(b)を中心に、クリス・ポッター(ts)+ゴンサロ・ルバルカバ(p)+エリック・ハーランド(ds)という編成。2007年9月録音のライヴ盤がこちらでリリースされたばかりのタイミングでの、ホール・コンサートである。聴く前から凄いとはわかっていたが、このバンドの協調関係は本当にすさまじい。全員にスポットが当たったことはもちろん、フロントを務めたポッターの素晴らしさを改めて浮き彫りにしたのだ。その演奏を聴きながら日加(日米、日欧にも適合可能可能だろう)の温度差を感じずにはいられなかった。たぶんポッターは故マイケル・ブレッカーのポジションに一番近く、それを本人も意識しながら日々の仕事も全力でこなしている。ポッターに対する世界的な高評価に日本が追い付くのは、いつになるだろうか。来日予定は不明なだけに、このタイミングで彼らのライヴを体験できたことに感謝したい。

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2009年06月29日

サックスの巨匠の強烈なメッセージ

 通称coastaljazzことVIJFの4日目。今日は一点豪華主義ということで、夜の部のソニー・ロリンズ6を観る。会場のオーフィアム劇場は1930年代に建設されたホールで、クラシカルかつ重厚な雰囲気。現在はバンクーバー交響楽団の本拠地でもある館内には、カナダの音楽芸術界にその名を残す著名人のポートレイトが飾られていて、由緒正しい格式を感じさせる。ロリンズは日本でラスト・コンサートと銘打った公演を行ったわけだが、その後も活発にライヴ活動を続けているテナー・サックスの巨匠だ。ステージにロリンズが登場すると、それだけで観客はスタンディング・オヴェーション。背中が丸くなり、足取りが重そうな御大の姿を見て、一瞬不安がよぎった。オープニングは意外にもバラード・スタンダードの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」。全盛期に比べると、さすがにテナーの鳴りには衰えが浮かんでいる。近年の定番レパートリーである「ゼイ・セイ・ザット・フォーリング・イン・ラヴ・イズ・ワンダフル」やカリプソなどを演奏。すると次第にテナーのフレーズが逞しさを取り戻し、調子を上げてきたではないか。曲によってクリフトン・アンダーソン(tb)、ボビー・ブルーム(g)ら各メンバーのソロもフィーチャーされるのだが、セクステットの図式はロリンズ+バックの5人であって、その傾向はプログラムが進むにしたがって色濃くなってゆく。今も毎日3時間の練習を欠かさないロリンズが、観客の熱狂的な声援と拍手を受けることによって、本来の姿を示すプロセスを目の当たりにして、78歳の大ヴェテランの底力を体感させられた。ラストに名盤『サキソフォン・コロッサス』収録曲「ストロード・ロード」を演奏してくれたのも収穫。吹き出したら止まらないロリンズのスタイルは、いくつになっても変えるつもりがないということなのだろう。90分以内に収まるステージかと思いきや、この時点ですでにそれを超えている。アンコールに応えて再登場したロリンズが選んだ曲は、「テナー・マッドネス」。最後の最後にバップ魂を見せてくれたシーンに、再び感動が押し寄せた。現役では数少ないジャズ・ジャイアンツの1人であるロリンズが、これでもかというほど持てるエネルギーを全力投球する。すべてが終わると、2時間近い自分自身のパフォーマンスに満足したロリンズは、ガッツ・ポーズを繰り返しながらステージを後にした。

2009年06月30日

ピアニスト2人のダブルビル・コンサート

 VIJFでの取材は今日が最終日。それにふさわしく、ぼくが贔屓にしている2人のピアニストが登場するホール・コンサートに出かけた。会場は一昨日のザ・モンタレー・カルテットで感動に包まれたザ・センターだ。この会場ではまずVIJFのプロモ映像が流され、それに続いて司会者がアーティストを紹介する。今日のMCは今回のバンクーバー滞在中、たいへんお世話になっている事務局のメディア・ディレクター、ジョン・オリシク氏だった。昨日までに出演したソニー・ロリンズやザ・モンタレー・カルテットに触れながら、観客の気分を巧みに盛り上げる。最初のステージを務めたのはフレッド・ハーシュ・トリオ。一昨年、10数年ぶりに来日公演が実現し、長年のファンとしてはとても嬉しく思ったのだが、その時はソロ・コンサートだったので、いずれトリオかグループのライヴを体験したいと思っていた。今回は願ったり叶ったりのプログラムである。1曲目はケニー・ホイーラーに捧げた「ア・ラーク」。「みんなケニー・ホイーラーが好きですよね」と曲紹介をしたハーシュは、特定のミュージシャンに自作の捧げものをすることを好む。2曲目はウエイン・ショーターへのデディケーションで「スティル・ヒア」。ホイーラー、ショーター共にジャズ・ミュージシャンの間でカヴァー率が高まっている作曲家であり、そんな2人に対してカヴァー曲ではなくオリジナルで謝意を示したのが素晴らしい。ウィンストン・チャーチルにインスパイアされて書いた「ブラック・ドッグ・ペイズ・ア・ヴィジット」では、ハーシュお気に入りの作曲家であるオーネット・コールマンの「ロンリー・ウーマン」と、ビル・エヴァンスの「ナルディス」を引用。逆に「サム・アザー・タイム」ではエヴァンスの名演で知られるレナード・バーンスタイン作曲ではなく、同名のカーン=スタイン曲を取り上げて、美旋律をハーシュ流に披露してくれた。1曲終わるごとに、丁寧に頭を下げるハーシュは、2年前に東京で観た時と同じだった。その謙虚な姿勢は、自身がハンディキャップを抱えている現実を踏まえた、感謝の気持ちの表れなのだろう。感動的なパフォーマンスに、こちらこそ感謝したいと思った。
 休憩をはさんだ第2部はケニー・ワーナー5。ワーナーは今年、アレックス・リール3で東京公演を行っているが、今夜は自身がリーダーのセット。日本での実現性が薄い点で、これもお宝になりそうなステージだ。メンバーはワーナー(p)、ランディ・ブレッカー(tp)、ダヴィッド・サンチェス(ts)、スコット・コリー(b)、アントニオ・サンチェス(ds)。全員リーダー作をリリースしている著名人だが、ワーナーがどのような関係でこのバンドを結成したのかがわからないまま、ステージに臨んだ。試運転的な1曲目に続く2曲目「ザ・サーティーンス・デイ」で、バンドは急速にまとまりを見せた。全員がスコアを見ながらの演奏だったのは、ワーキング・バンドではないばかりでなく、ワーナーの複雑な書法に起因したのだろう。編成と選曲から、このグループが2007年作『ローン・チェアー・ソサエティ』を踏まえたものだとわかったが、同作のフロントがデイヴ・ダグラス&クリス・ポッターであると知れば、今回のメンバーのユニークさが浮き彫りになる。90年の同名作収録曲を『ローン?』でセルフ・カヴァーした「アンカヴァード・ハート」は、中間部のトリオ演奏を経て、再び2ホーンズが加わったエンド・テーマに感動の波が押し寄せた。映画『ハリー・ポッター』収録曲のカヴァーで本編を終えた後、ワーナー1人が再登場。「すべての音楽家の中で最も好きなのがジョニ・ミッチェル」と述べて、「アイ・ハッド・ア・キング」をピアノ独奏。バンクーバーへのお世辞ではなく、ワーナーのデディケーションが感じられ、心地よい余韻を残してくれた。

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