Jazz Diary 杉田宏樹のジャズダイアリー

« 2008年06月 | メイン | 2008年08月 »

2008年07月アーカイブ

2008年07月01日

大ヴェテラン歌手のホール・コンサート

 ジャズ・ヴォーカルの世界は奥が深い。何故ならば器楽と違って、評価の軸がその歌手の声を好きになれるかそうでないかに基づくからだ。今夜登場するピンキー・ウインターズは70歳代半ばのヴェテラン。日本ではマニアックなファンから支持を集め、近年再注目されている。フランク・シナトラ没後10周年と絡めた企画が、半蔵門のTOKYO FMホールで開催された。ファースト・セットを務めたのは金丸正城。邦人男性としては屈指の実力者と評される金丸は、ギター・カルテットをバックに、シナトラの愛唱曲を取り上げた。この曲は不得意だったけれど、企画者からのリクエストに応じた、と断りを入れた上で歌った「マイ・ウエイ」は、あの有名なヴァージョンとはアレンジを変えて、独自性を表現する努力の跡を感じさせた点に好感を抱いた。セカンド・セットに登場したピンキーは、シナトラとの個人的なエピソードを交えながら有名曲を披露。収録曲のアルバム・カヴァーをスクリーンに映し出すサービスは、このイヴェントの主旨を踏まえたgood jobだと感じた。最後に金丸が登場して、ピンキーとのデュエットを実現。貴重なシーンとなった。マイ・ペースで歌うピンキーの魅力と、シナトラの偉大さの両方を浮き彫りにした意味で、有意義なステージであった。

2008年07月02日

大物ピアニスト、12年ぶりの来日公演

 ラムゼイ・ルイスといえば1950年代からシカゴで活動を始め、60年代には『ジ・イン・クラウド』が空前のヒットを記録。ジャズ、ソウル、ゴスペルを融合させたスタイルによって、人気アーティストのポジションを築いたピアニストだ。かつてアース・ウインド&ファイアのモーリス・ホワイトがルイス・トリオに所属したことは広く知られる。今夜は“ブルーノート東京”でステージを観た。「スイングジャーナル」8月号のための取材だったので、ここで詳しくは書かないが、何より印象深かったのがルイスの若々しさ。1935年5月生まれのルイスは、とても73歳とは思えないステージ・マナーで観客を楽しませてくれた。「いつも楽しい演奏を心がけている」と語った「サン・ゴッデス」を聴きながら、EW&Fの『灼熱の太陽』がオーヴァーラップした。水曜日でこの満員盛況にもビックリ。根強いファンの声援も心地よく感じた70分間であった。

2008年07月03日

あの感動を再び!

 第24回<東京の夏>音楽祭2008のオープニング・アクトとしてエグベルト・ジスモンチが、オーケストラ・コンサートを行うという告知がされた時、ぼくは飛び上がるほど喜んだ。期待以上の感動を味わった昨年のソロ・コンサートの興奮が冷めやらぬタイミングでの、再来日である。同音楽祭の今回のテーマが「森の響き・砂漠の声」であることを踏まえると、ブラジルに生まれ、アマゾンでの体験を通じて独自の音楽性を獲得したジスモンチは、初日を飾るにはうってつけのアーティストと言えるだろう。ファースト・セットはオーケストラのみの「Strawa no Sertao」からスタート。続いてジスモンチが登場すると、ピアノ独奏でたちまち自己の世界を現出する。オーケストラが加わったサウンドは、自然と大地が目の前に広がるようなもの。聴き手の視覚的想像力を刺激して止まないジスモンチの世界に、どんどん引き込まれる。ピアノを奏でるリズミカルなジスモンチ節とダイナミックなオーケストラが共鳴した「Forrobodo」に感動。セカンド・セットはギター独奏で、もう1つのジスモンチ・ワールドを披露。ステージ右側と左側のミュージシャンがコントラストを描くストリングス・オーケストラ曲「One Movement of Sertoes Veredas Suite」、弦楽器奏者全員のピチカートがユニークな「Lundu」、ジスモンチの多彩なギター・テクニックが光る「Danca dos Escravos」。ここまででも十分に感動的なステージには、さらなるサプライズが用意されていた。あの名曲「Frevo」のピアノ&オーケストラ・ヴァージョンである。昨年のソロ・コンサートでも演奏したこの曲に感動を新たにしたのだった。

2008年07月05日

オーストラリアからの新進ピアノ・トリオ

 ベン・ウィンケルマン・トリオ@TOKYO TUC。ピアニスト=ウィンケルマン率いるトリオはこれまでに2枚のアルバムをリリースしているが、ぼくは聴くチャンスがないまま、今回のクラブ・ライヴを迎えた。北海道くっちゃんジャズ・フェスティヴァルに招聘され、せっかくだからということで急遽、東京での公演も企画されたという。さてどのような演奏を披露してくれるのか。期待と若干の不安で見守ったステージは、予想以上の実力を発揮したものとなった。オリジナル曲を中心とした構成は、それだけで個性的なのだが、メンバーそれぞれが確かな実力が伴っているからこそオリジナリティが輝く。ウィンケルマンのスキルとセンスは、人材がひしめくジャズ・ピアノ界にあって、世界レヴェルで拮抗できる才人だと感じた。またこのトリオのポテンシャルも、きっかけさえあればブレイクすると。関係者からのリクエストを受けて採用したというスタンダード・ナンバーは、有名なトミー・フラナガン・ヴァージョンよりもスロー・テンポでアレンジ・センスを示した「チェルシー・ブリッジ」、トリオであればハービー・ハンコック・ヴァージョンを参照するのが定石のところを、ハーバーに依拠しなかった「ステイブルメイツ」。この2曲だけに限っても、ウインケルマン・トリオの独創性が明らかになった。終演後、ウインケルマンに話を聞くと、米西海岸に生まれ、幼少時にオーストラリアへ移住。現地ではミッキー・タッカーに、NYではハロルド・メイバーン、サム・ヤヘルに師事。5年前にトリオを結成し、今回がトリオでは初めての海外公演になるそうだ。遠からず日本でも名前が出てくる逸材に違いない。終演後はガッツプロダクション笠井氏と、早朝まで痛飲した。

2008年07月09日

スーパースターズ・オブ・ジャズ・フュージョン

 自宅から至近の喫茶店でS社のM氏と打ち合わせ。ヨーロッパ・ジャズのコンピ盤の企画である。販売方法が従来にはなかったものなので、単に執筆を依頼されたこと以上の形で関われそうなのが面白く思う。これは派生効果もあると直感。楽しみながら仕事ができるだろう。
 南青山へ移動。今夜は「ブルーノート東京」でスーパースターズ・オブ・ジャズ・フュージョンを観る。一枚看板クラスのアーティスト5人が揃ったオールスターズだ。その中心人物であるロイ・エアーズは2006年10月、BNTに出演しているが、今回はメンバー的に前回よりもかなりパワー・アップした陣容であり、グループ名そのもののステージが期待できた。SOJFは数年前から活動を始め、ボビー・ハンフリーやジョン・ルシエンが在籍したこともある。
 まずはロニー・リストン・スミス(key)が2曲。得意のコズミック・サウンドで70年代的な世界へとタイム・スリップ。昨今若い音楽ファンから注目されているこのジャンルの元祖ということで、スミスの音楽家としての息の長さも実感した。続いて主役を演じたミキ・ハワード(vo)は近年リリースしたビリー・ホリデイ集にちなんで、「グッドモーニング・ハートエイク」を熱唱。元々はブラック・コンテンポラリー界で名を上げたシンガーが、持ち前の歌唱力によってジャズを歌っても聴く者を納得させる一面を披露した。トム・ブラウン(tp,flh)は懐かしい初期GRPでのデビュー作から「ザ・クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー」をプレイ。他の楽曲を含めると全体的にはトランペットよりもフリューゲルで、持ち味が発揮されたように思う。司会進行役のエアーズが奏でる電気ヴィブラフォンは、他楽器の音色を発する点でヴァイブの域を超えており、もはやワン&オンリー。そして開演から1時間近く経った頃、ようやく姿を現したのがエイン・ヘンダーソン(tb)だった。
 ヘンダーソンが在籍し、クロスオーヴァー/フュージョン隆盛の立役者となったグループ=ザ・クルセイダーズの、70年代の代表曲「キープ・ザット・セイム・オールド・フィーリング」には、リアル・タイムで聴いていたファンとして感慨深いものがあった。それと同時に御年70歳を超えたヘンダーソンが、観客に歌唱指導をしながら30年以上前のレパートリーを生き生きと演奏する姿に、ベテラン・ミュージシャンのあるべき姿がオーヴァーラップしたのだった。

2008年07月12日

女性ピアニストが待望の単独来日

 世界的に女性ピアニストが花盛りといった昨今のジャズ・シーンにあって、90年代初めにアルバム・デビューしたレイチェルZは、コンテンポラリー派の草分けと言っていい才媛だ。ぼくは2003年の国内制作盤『愛は面影の中に』の解説を書いた関係もあり、レイチェルは気になるピアニストの1人である。今夜は丸の内“Cotton Club”にトリオで初出演。土曜日ということもあってか、客席はほぼ満員だ。休日、あるいは休日前日の仕事帰りの人々が、ジャズを楽しみながら1週間の疲れを癒す…この空間がそんな人々に役立っているのであれば嬉しい。
 マエヴァ・ロイス(b)+ボビー・レイ(ds)とのトリオによるステージは、ゆったりとしたレイチェルのペースで進行した。1曲ごとにマイクを持ってMCをするレイチェルが、今回の来日でサポートした多くのスタッフの名前を挙げて、感謝を示した場面に、親日家の一面を見た。「私はジャズ以外の楽曲を取り上げるのが好き。昔の<マイ・フェイヴァリット・シングス>だってそうだったのだから」と、ニュー・スタンダードに意欲を燃やす音楽性を表明。本公演の選曲に1本筋が通った姿勢を明らかにした。
 ハイライトとなったのは「ESP」。ウエイン・ショーター・トリビュート集をリリースしているレイチェルにとって、ショーターがいかに多大なインスピレーションの源であるかが伝わってくるプレイだった。ジョニ・ミッチェル曲「パリの自由人」も収穫。日本ではほとんど話題にならなかった昨年リリース作『Dept Of Good And Evil』(Savoy Jazz)も含めて、レイチェルの再評価を願いたい。

2008年07月14日

衝撃的な舞台

 松たか子の舞台に通うようになって10年あまり。1年に3回の演目がほぼ定例になっている。「ラ・マンチャの男」に続く今年2回目の舞台は、「SISTERS」。渋谷・パルコ劇場に足を運んだ。この小屋には5年前に幸四郎さん、紀保さんと共演した「夏ホテル」以来の来場となる。役者がマイクを使用しないので、地金が明らかになる点でも、演劇ファンにはたまらないのだろう。阿佐ヶ谷スパイダースを主宰する作・演出家=長塚圭史の舞台を観るのは、今回が初めて。ということでほとんど先入観なしに臨んだのだが、内容は衝撃的だった。たかちゃんは暗い過去を抱える新婚さんという役柄で、次第にその過去が明らかになる設定。そこに近親相姦とエディプス・コンプレックスが絡み合い、終盤に向けて舞台は壮絶なシーンが展開される。
 これまでの舞台でもフットワークの良さを実証済みのたかちゃんが、今回は男を刺殺する役を見事に演じ切った。この芝居でなければ聞けないセリフの数々にも圧倒された。トラウマに火がついて、狂人へと変貌する様の壮絶な演技はかつてなかったほどの熱演。決してハッピー・エンドではなく、重い感覚が残るのだが、家族や人間関係のあり方を再考させられる点で、たかちゃんのキャリアにもプラスになったはず。この役を引き受けたたかちゃんに拍手を送りたいと思った。

080714.jpg

2008年07月17日

フレッシュな女性ピアニストのリリース記念ライヴ

 松本茜@赤坂Bフラット。ぼくは松本のデビュー作『フィニアスに恋して』のライナーノーツを書いており、春には私的なホーム・パーティーで話しをしている間柄だ。東京での記念ライヴを敢えてこの会場で行ったことに、ジャズ本道を歩もうとする関係者を含めた気概が感じられて嬉しい。ファースト・セットは松本が敬愛するフィニアス・ニューボーンJr.のレパートリーからの「シュガー・レイ」でスタート。スタンダードとジャズ・ナンバー主体のプログラムは、20歳とは思えない落ち着きを感じさせるものだった。特筆すべきは「ネヴァー・レット・ミー・ゴー」。このバラード・スタンダードを最後までテンションを失わずに、自分流儀で完奏したことは素直に拍手したいと思った。
 セカンド・セットに進むとアルバム未収録曲も含めたオリジナル3曲も盛り込んで個性をアピール。アンコール曲「コンファメーション」まで、今どき珍しいビ・バップ・ピアニストの今後を温かく見守りたい気持ちになったステージであった。

2008年07月23日

イタリアの新鋭女性ヴォーカリスト

 アリーチェ・リチャルディは先頃デビュー作『カムズ・ラヴ』をリリースした1975年生まれ。音楽院でジャズ・ヴォーカルを修め、20代の多くを教育活動に注いだこともあって、この遅咲きのデビュー作になったようだ。今夜は丸の内「Cotton Club」での初来日公演を観た。同作はトランペット、サックス等のゲストが参加していたが、来日バンドはレコーディング・メンバーを含むピアノ・トリオ。ぼくは「スイングジャーナル」のディスクレビューに、以下のような文章を寄稿した。「よく知られたスタンダード・ナンバーを揃えたプログラムは一見、定石風。しかし聴き進めるにつれて、アリーチェがこれまでに歌い込みながら自分のものにした、魅力を輝かせる最適なレパートリーが選ばれたのだなと納得できる。その歌いぶりで強く感じるのは、テンポを問わず安定した唱法で表現できる自己のスタイルを確立していること。アルバム・カバーは若手美形シンガーをイメージさせるが、いやどうして紛れもない本格派である」。
 実際に観たアリーチェは落ち着いたステージ・マナーで、このゴージャスなクラブに相応しいパフォーマンスを披露してくれた。彼女の歌唱を聴いているうちにカーメン・マクレエが浮き彫りになったのだが、それは自ら影響を受けていることを表明したことを実証した形となった。アルバムで興趣に富むアレンジを手がけたロベルト・タレンツィが、歌伴奏の域を超えた個性的なピアニストであることを知ったのも収穫。

2008年07月27日

オーストラリア経由の女性ヴォーカリスト

 アリソン・ウエディング@渋谷JZ Brat。先日観たベン・ウインケルマンと同じオーストラリアのレーベルJazzheadから最新作をリリースしているヴォーカリストだ。生まれと育ちはアメリカで、2001年にオーストラリアへ移住。現地でプロ・キャリアを積み、2004年にはBell Awardsのベスト・オーストラリアン・ジャズ・ヴォーカル賞を獲得。現在はニューヨークを拠点に活動中である。開演前に初対面の挨拶をする。初来日は10年前、ケヴィン・レトーのバック・ヴォーカルだったというのは、初耳の情報。今回は個人名義での初お目見えということになる。メルボルン在住のテナー・サックスとピアニストが伴奏者を務める編成は、ヴォーカリストにとって一般的とは言えないが、これがかえってウエディングの歌唱を際立たせる効果を生んだ。
 序盤にはビートルズの「アンド・アイ・ラヴ・ヒム(ハー)」を織り交ぜるも、自作曲の割合が増えて、徐々にシンガー・ソングライターとしての音楽性が浮き彫りになる。聴き進めるうちに思ったのは、声質や歌い回しがジュリア・フォーダムを想起させるということ。本人が意識しているのかどうかはわからないが、これは新鮮な発見だった。終盤にはピアノ弾き語りも披露。清潔感のあるステージ・マナーにも好感を抱いた。デュオ・アルバムをリリースしているSam Keevers(p)とJamie Oehlers(ts)は共に確かな腕前の実力派と聴いた。

2008年07月31日

新規格CDの試聴会

 昨秋登場したSHM?CD(スーパー・ハイ・マテリアル‐CD)は従来のCDに比べて顕著な音質改善がなされていることと、ジャズ、ロックの魅力的な名盤のラインアップによって、すでに大きな話題を提供している。同種の新素材CDであるHQCD(ハイ・クオリティCD)が9月からリリースされるにあたって、関係者向けの試聴会が代々木・メモリーテック・オーディオ・スタジオで開かれた。当日は盛況で、ぼくは急遽追加でセッティングされた19:00の会に出席。メモリーテックはHQCDを開発したメーカーで、ポニーキャニオン、M&I、EMIミュージックジャパンが参画する。SHMよりも後発になるのだが、HD DVD開発のノウハウを活用してCDの信号記録面に特殊合金反射膜を採用。さらに精度を改善したのが特徴となっている。
 メーカー担当者の挨拶では、高音質と言うより、マスター原盤に近い音を再生することがポイントだと説明された。その後、同一作品の通常盤とHQを聴き比べる形でクラシック、ジャズ、ロックのソフトをプレイ。全体的に各楽器の輪郭が明瞭でクリアなサウンドを体感できた。中でもマルタ・アルゲリッチの「ショパン:ピアノ・コンチェルト」は、サウンドのリッチ感において最も顕著な効果が認められた。HQをパソコンに取り込んでiPodに同期した場合にも、通常盤を上回る音質が獲得できるという。今秋、音楽業界を賑わせること必至のニュー・メディアである。

Editorial Office

エディトリアル・オフィスの仕事を紹介します。

Work's Diary

エディトリアルスタッフの取材ダイアリーを紹介します。

Kimono Gallery

染物・着物に関する情報をお伝えしています。

Jazz Diary

音楽評論家・杉田宏樹のライブダイアリーです。

Hachi Diary

セブンオークスのボーダーコリー「ハチ」のフォトダイアリーです。

セブンオークスへのお問い合わせを受け付けております。
メール:hachi@7oaks.co.jp
住所:〒134-0081 東京都江戸川区北葛西2-10-8
Phone:03-3675-8390
Fax:03-3675-8380